2013年10月10日 (木)

金水龍先生が蔚山へパンチョッパリの旅へ出かけました^^

今日、「パンチョッパリ」の著者で私の義父にあたる
金水龍先生が故郷蔚山へ旅立ちました…
本当は主人公の海守(へす)がパンチョッパリと呼ばれながらも過ごした
蔚山の町や、朝鮮戦争のさなかにたった一人で野宿をした駅など、
水龍先生と一緒に私も旅したかったのですが、残念ながら仕事を休めず
金水龍先生、お一人で著書「パンチョッパリ」の旅へ向かわれました。...

昨日電話で、「当時の友達に会えると嬉しいんだけど…」そんなことを話しながら
嬉しそうにしていた、水龍先生…

改めて今振り返ったら、この「パンチョッパリ」という素晴らしい本を、金水龍先生が世に生み出してくれなかったら、
サラン、ハヌル、フィマンもそしてホンギルトンというキャラも、生まれてなかったんだな…
そう思うと胸がじーんと熱くなりました…

今回は短い旅だそうですが、帰国したらどんな素敵な旅立ったか、一緒にマッコリでも飲みながら伺いたいとおもいます^^

Pannchoppari

 一人でも多くの方に本書を読んで頂けるよう心より願っております。

また、フェイスブックに、小説「パンチョッパリ」のページを作成いたしました。定期的に情報など更新させていただいております。

フェイスブック小説「パンチョッパリ」ページ

フェイスブックをお持ちの方はぜひこちらで「いいね」をしていただけると、すごーく嬉しいです。

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2013年6月25日 (火)

新しいイメージイラスト

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新しいイメージイラストを作ってみました^^

お陰様でたくさんの方より、感想をいただいています。改めて近日アップさせていただきます。





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2013年2月 5日 (火)

主人公海守のお母さん

Img044900

以前書いたイラストですが、よく見ると、主人公の海守(へす)のオモニに見えてしまいました。

日本から朝鮮へ引き上げる時、優しさと強さを込めて、離れ離れになる息子、海守に言った言葉。。。

「強くなりなさい…」

これこそが、小説「パンチョッパリ」の最も大切なシーンだと思います。

何度もお話していますが「パンチョッパリ」タイトルで敬遠されてしまう方もいますが、決して半日本ではありません。

以前気に入ってくださった、国士舘大学の先生も、生徒に読ませたいと、なんと20冊も購入してくださいました。

書店では少し入りにくくなっていますが、アマゾンもしくは私宛にメール下されば、購入できます^^

 一人でも多くの方に本書を読んで頂けるよう心より願っております。

また、フェイスブックに、小説「パンチョッパリ」のページを作成いたしました。定期的に情報など更新させていただいております。

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2013年2月 4日 (月)

小説「パンチョッパリ」誕生するまでのお話です

早いもので…一昨年12月半ばに、小説「パンチョッパリ」が文芸社より発売され、あれから一年たちました。
本当にたくさんの方に読んでいただけて、そして暖かい感想もいただけて、著者ともども、心より感謝しております。

文芸社では、書店での陳列販売は一年間となっており、もしかしたら書店で本書を目にできなくなってしまうかもしれませんが、私の手元にも在庫がありますので、お気軽にお声掛けください。

過去の投稿を見ていたら、2012年の二月に書かせていただいた、本書の制作秘話がありましたので、改めてアップさせていただきました。

すごーーーく長いのでお暇なとき読んでみていただければ嬉しいです^^
1000

...
《小説パンチョッパリ、制作秘話…2012年2月》

宣伝になってしまいますが、義父といっしょに本を出版させていただいたきっかけなど書かせていただきました。すごーく長いのでお手すきのおりによんでみてください^^

  小説「パンチョッパリ」制作秘話

この本の制作企画が始まったのは、一昨年の秋2010年秋でした。
  著者で私にとっては嫁さんのお父さん金水龍氏の、自分の子供のころの体験を本にしたい…そんな願いが始まりでした。
  義父の金水龍氏は、どうすれば本にできるか?前々からあれこれと悩み、そして毎晩のように構想を書き溜めておりました。
  正直な所、私はたとえ書籍にしたところで簡単に売れるものでもなく、実際に漫画で数度の新人賞をいただいても、なかなか食べていけなかった経験から、
  「そんなことは無理です…やめたほうがいいです…」最初は義父の考えを聞こうとしませんでした。
そんなある日、著者の金水龍氏はたまたまラジオで聞いた「無料で出版」という文芸社の原稿募集の案内に心躍らせ同社へ連絡…。一人で文芸社の担当に会いに行きました。
しかし無名の著者の小説など無料で出版してくれるおいしい話はありません。結局自費出版にかかる費用など聞かされた義父は、がっかり肩を落として出版社を後にしました。

Panchokatilast2


それからしばらくして義父のもとに出版社から連絡…「とても貴重な体験なので、ぜひ書籍化したほうがいい」
  私は妻から話を聞いて、自費出版の得意の営業言葉だからと注意をしました。
しかし、義父の思いを考えると何とかしてあげられないものか?そんな考えからとにかく話だけでも…今度は私も立ち会って文芸社に伺うことになりました。
  長時間にわたって出版社の方と話し合ううち、私は義父の持っていた構想のテロップを見ていてあることに気が付きました。
この義父の体験は、私の祖父と祖母、それに叔父叔母が引きあげ船に乗ってしまった結果に味わった体験と同じではないか?
そう思った私は、これは私にとっても大きなやらなければならない仕事かもしれない…。そう考え、その場で義父へ「お父さんコレ、やりましょう…」そう話していました。

驚いたのは義母と私の嫁です…。正直みんな猛反対!私は妻に私自身が思ったことを語り納得させ、いよいよ小説「パンチョッパリ」の制作にとりかかりました。

そして2010年暮、著者の義父と私、そして歴史的な史実などに大変詳しい呉光生先生にもご協力いただき、執筆活動がスタートしました。著者の思い、そして私の思い、あれこれと何度も何度も話し合いをかさねながら執筆作業はすすんでいきました。
  著者の金水龍先生の記憶からはたくさんの貴重な体験がどんどん出てきて、私にとっても編集を手伝って下さった呉先生にとっても興味深いものがありました。

私も金先生も、絶対にこの本は恨みつらみを書きしるしたものでなく、ましてや半日の本にもしたくない、そんな思いがありました。そして私は著者の分身である主人公がたくさんの体験を通じてたくましく成長していく、それを本編の大きな筋道にしあげる。そんな思いもこめ、金水龍先生の執筆のお手伝いをさせていただきました。

お陰様で完成した本書…。手にとってくださりお読みいただけた方々から、暖かいお言葉をいただけております。著者とともに心から感謝しております。

また、この本をきっかけにたくさんの方とも出会うことができました。
  在日韓人歴史資料館の姜徳相(カンドクサン)館長と羅基台(ラギテ)様には、お忙しい中、本書のゲラの校正をお手伝いいただき、史実における誤った解釈などもお教えいただけました。
また、表現に関しても史実を書くときは、偏った眼で書いてはいけませんよ…北も南も日本も、すべてにおいて中立な目線で書かなければいけません。そう著者と私にお教えくださいました。

本当にこのような著名な歴史学者の先生にまで本書出版のご協力をいただけたことは振り返ってみても奇跡としか思えません。
  完成した本をお届けにあがったとき、韓先生は一言おっしゃってくださいました。
  「魯君…いい仕事したな…」
  私はその言葉をいただけただけで、著者とともに頑張ってきてよかった…心から思ました。

長文となってしまいましたが、最後に本書のあとがきで著者の金水龍先生が書き記した一文を紹介したいと思います。
   
  『…これから半世紀後が楽しみでならない、当然そのとき私はこの世にはいないだろう。しかし、これから時代を作っていく子供たちは、きっと見ることができると思う。日本と韓国が長い年月を乗り越え、親友(チング)となれたように、故国朝鮮半島にも北も南もない真の平和が訪れることを…・。』

私はこの著者の最後の一文が大好きです…

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書店陳列は少なくなっていますが、今後もアマゾンなどでの販売は行っております。

※販売代理店も随時募集しています。

 

お店などでこちらの本を販売してくださる方、気軽にお問合せください。

 一人でも多くの方に本書を読んで頂けるよう心より願っております。

また、フェイスブックに、小説「パンチョッパリ」のページを作成いたしました。定期的に情報など更新させていただいております。

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鶴橋駅前 高坂書店さんの写真です

フェイスブックをきっかけに知り合い、今ではすごーく親しくさせていただいている友人から、うれしい写真をいただきました。

じゃじゃじゃーん^^

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以前紹介させていただいた、大阪鶴橋駅にある高坂書店さんです。

いまだに三冊もおいてくださっているなんて…ありがたいですね^^


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3月にまた大阪へ行きますので、あらためてご挨拶させていただこうと思います。

ありがとうございまーす^^

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2012年9月 9日 (日)

新しい販促カードができあがりました^^

小説パンチョッパリもおかげさまで順調に販売部数を伸ばしています^^

それもこれも、たくさんの暖かい感想をいただくことが出来ていたり、読んで下さった方々がサポートして下さっているおかげです^^

実は前回まで使用していた販促用ポストカードが数少なくなったことから、新たにカードを作成することにしました。

出来上がった新しいカードのデザインがこちらです

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なかなか可愛く仕上がって、実はけっこう気に入っています^^

また、真ん中の海守(へす)が可愛いくて^^

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今回はアート性を重視して、表はイラストだけ、裏に広告を入れてみました。

まずはこちらのカードを沢山の方にご覧いただいて、そして一人でも多くの方が「パンチョッパリ」を読んでくださるよう、地道に頑張りたいと思います^^

千里の道もまず一歩…この海守少年と歩いて行きたいと思います。


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2012年4月26日 (木)

お蔭様で沢山の方に読んでいただいております^^うれしいですね~

以前紹介しました大阪鶴橋の高坂書店さん、みなさんのおかげで10冊も注文して下さり平積みで販売して下さったのですが、それがおかげさまですごい速さで完売

大阪にお住まいの友人から今度は20冊も平積みで販売していましたよ!とお知らせいただきました^^

Takasaka


写真は前にすごい売れ行きと教えていただいた時のものです。なんと高坂書店さん、私が文芸社へ広告として使ってほしいと送ったイラスト入りのちらしまで張り出してくださいました。

あらためて、高坂書店さんありがとうございます。

また、フェイスブックなどを通じて、たくさんの方に「パンチョッパリ」読んでいただいてます。あらためましてこの本の制作に協力させていただけたことに感謝でいっぱいです。

ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いいたします^^

Hanmaun4

それから、フェイスブックを通じて親しくさせていただいている、韓哲秀さんと協力してこのたび上のイラストのグッツを発売しようと計画しています^^

この女の子が持っているキーホルダー「ハンマウンキーホルダー」といって、韓哲秀さんが企画制作販売をされているキーホルダーで、利益のすべてを福島で被災にあってこまっている福島朝鮮学校へ寄付にあてています。

パンチョッパリの中でも書かれていますが、同じ同胞として、そしてアジア人として、何かお手伝いできないか?いろいろ考えましたが、私にできることと言えばイラストを描くことくらい…

そこでハンマウンキーホルダーと私のチョゴリのイラストのコラボレーションイラストを作ってみました^^これがとても評判で、韓さんとこの子のグッツも支援活動に役立たせようということになりました。

現在いろいろ吟味しているところですが、正式に決定しましたら、こちらのブログでもご紹介いたします^^

 一人でも多くの方に本書を読んで頂けるよう心より願っております。

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2012年2月29日 (水)

小説「パンチョッパリ」誕生秘話

小説「パンチョッパリ」制作秘話

この本の制作企画が始まったのは、一昨年の秋2010年秋でした
著者で私にとっては嫁さんのお父さん金水龍氏の、自分の子供のころの体験を本にしたい…そんな願いが始まりでした。
義父の金水龍氏は、どうすれば本にできるか?前々からあれこれと悩み、そして毎晩のように構想を書き溜めておりました。
... 正直な所、私はたとえ書籍にしたところで簡単に売れるものでもなく、実際に漫画で数度の新人賞をいただいても、なかなか食べていけなかった経験から、
「そんなことは無理です…やめたほうがいいです…」最初は義父の考えを聞こうとしませんでした。
そんなある日、著者の金水龍氏はたまたまラジオで聞いた「無料で出版」という文芸社の原稿募集の案内に心躍らせ同社へ連絡…。一人で文芸社の担当に会いに行きました。
しかし無名の著者の小説など無料で出版してくれるおいしい話はありません。結局自費出版にかかる費用など聞かされた義父は、がっかり肩を落として出版社を後にしました。

それからしばらくして義父のもとに出版社から連絡…「とても貴重な体験なので、ぜひ書籍化したほうがいい」
私は妻から話を聞いて、自費出版の得意の営業言葉だからと注意をしました。
しかし、義父の思いを考えると何とかしてあげられないものか?そんな考えからとにかく話だけでも…今度は私も立ち会って文芸社に伺うことになりました。
長時間にわたって出版社の方と話し合ううち、私は義父の持っていた構想のテロップを見ていてあることに気が付きました。
この義父の体験は、私の祖父と祖母、それに叔父叔母が引きあげ船に乗ってしまった結果に味わった体験と同じではないか?
そう思った私は、これは私にとっても大きなやらなければならない仕事かもしれない…。そう考え、その場で義父へ「お父さんコレ、やりましょう…」そう話していました。

驚いたのは義母と私の嫁です…。正直みんな猛反対!私は妻に私自身が思ったことを語り納得させ、いよいよ小説「パンチョッパリ」の制作にとりかかりました。

そして2010年暮、著者の義父と私、そして歴史的な史実などに大変詳しい呉光生先生にもご協力いただき、執筆活動がスタートしました。著者の思い、そして私の思い、あれこれと何度も何度も話し合いをかさねながら執筆作業はすすんでいきました。
著者の金水龍先生の記憶からはたくさんの貴重な体験がどんどん出てきて、私にとっても編集を手伝って下さった呉先生にとっても興味深いものがありました。

私も金先生も、絶対にこの本は恨みつらみを書きしるしたものでなく、ましてや半日の本にもしたくない、そんな思いがありました。そして私は著者の分身である主人公がたくさんの体験を通じてたくましく成長していく、それを本編の大きな筋道にしあげる。そんな思いもこめ、金水龍先生の執筆のお手伝いをさせていただきました

お陰様で完成した本書…。手にとってくださりお読みいただけた方々から、暖かいお言葉をいただけております。著者とともに心から感謝しております。

また、この本をきっかけにたくさんの方とも出会うことができました。
在日韓人歴史資料館の姜徳相(カンドクサン)館長と羅基台(ラギテ)様には、お忙しい中、本書のゲラの校正をお手伝いいただき、史実における誤った解釈などもお教えいただけました。
また、表現に関しても史実を書くときは、偏った眼で書いてはいけませんよ…北も南も日本も、すべてにおいて中立な目線で書かなければいけません。そう著者と私にお教えくださいました。

本当にこのような著名な歴史学者の先生にまで本書出版のご協力をいただけたことは振り返ってみても奇跡としか思えません。
完成した本をお届けにあがったとき、韓先生は一言おっしゃってくださいました。
「魯君…いい仕事したな…」
私はその言葉をいただけただけで、著者とともに頑張ってきてよかった…心から思ました。

長文となってしまいましたが、最後に本書のあとがきで著者の金水龍先生が書き記した一文を紹介したいと思います。
 
『…これから半世紀後が楽しみでならない、当然そのとき私はこの世にはいないだろう。しかし、これから時代を作っていく子供たちは、きっと見ることができると思う。日本と韓国が長い年月を乗り越え、親友(チング)となれたように、故国朝鮮半島にも北も南もない真の平和が訪れることを…・。』

私はこの著者の最後の一文が大好きです…
Panchoppari

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2012年2月28日 (火)

韓国での思い出話とパンチョッパリの川のシーンの秘密

韓国での思い出話です。
まだ小さなとき、両親と兄そして私で韓国のコヒャン(田舎)へ行きました。
お墓参りのお話は以前紹介いたしましたが、実はそこで別のエピソードがありました。

両親と兄は別の先祖のお墓参りのため、私だけハラボジの家に残して出発しました。翌日に戻るということで私は向こうに住むいとこ達と楽しく遊び一晩眠りました。
ところが翌日、いつまでたっても両親も兄も帰ってきません。少しさみしくなりましたが、いとこの前で泣いてはかっこ悪いと、ひとり我慢しながらもう一晩ハラボジの家で泊まりました。
... そして翌日、両親との待ち合わせ場所へ、田舎の従妹の姉に連れられて行きました。待ち合わせ場所は青空市場でした。
独特のにおいの中、子犬を大きなタライに入れて売っている女の人や、大声でタニシで博打をしている人たち、太い沢庵も積まれていたり、衝撃だったのは大きな黒豚の足を棒に縛り付け、さかさまにして重さを測っているおじさんたちでした。当然黒豚は「ブヒーブヒー」と悲鳴を上げています。
まだ7歳だった私にはすべてが衝撃で恐ろしい光景でした。

そんな市場で待つこと数時間…いつまで待っても両親は姿を現してくれません。いとこのお姉さんの手を握りながら近くにあった沢庵を見続け、私は涙をこらえていました。

そのまま夕方まで待ち続けましたが、結局両親は現れず私たちは仕方なく市場から帰宅することになりました。
小さないながら私は「これはこのまま捨てられたのでは…」そんな不安な気持ちになっていました。

そして帰り道に干上がった川を見たとき、子供ながらに張りつめていたものが切れてしまった私は従妹の手を振り払うと、大声で泣きながら川の脇を下流に向かって走り始めました…
あわてた従妹たちは私を追いかけてきましたが、私の頭には川を下って海にで日本へ帰ることしかなく、ただ大声で泣きながら必死に走り続けました。

結局追いかけてきた従妹の兄につかまり、しぶしぶ田舎のハラボジの家に連れ戻され、その夜遅くに両親たちは戻ってきましたが、いまでもその時捨てられたという恐怖体験は頭から離れません。

「パンチョッパリ」を読んで下さった方には、もしかしてあのシーン?って思い浮かぶかもしれませんが、実は主人公が泣きながら川を下る場面は、執筆のお手伝いをした私がこっそり先生にお願いして書き加えさせてもらった自分の体験でした^^。これは内緒の話です…(内緒なのに言っちゃいましたね(汗””)
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2012年1月27日 (金)

高麗博物館と文化センターアリランさんへお邪魔しました

先週の日曜日、新大久保にある高麗博物館さんと文化センターアリランさんへ、小説「パンチョッパリ」を持ってお邪魔しました。

ドンキホーテに車を止めて路地に出てびっくり そこはもう日本ではなく韓国とかしていました。以前私が行ったときは、さみしいラブホテル街で夜などは、とても不気味で歩くのが嫌だった町が、すっかり様変わりしていました。まさに韓流ブームの底力を思い知らされました…

と前置きはこのくらいで、本題の「高麗博物館」さんと「文化センターアリラン」さんでのお話に入ります。

どちらも、在日韓人歴史資料館さんより尋ねてみるよう言われて伺ったのですが、またまたそこで素敵な出会いがありました。どちらの方もとても暖かい方で、両所にて小説「パンチョッパリ」の展示販売をしてくださることになりました。新大久保へお越しの折は、ぜひ訪ねてみてください。

Ariran_2Kourai

上のバナーから詳しいことはわかりますので、ぜひクリックしてみてください。

高麗博物館さんでは、チマチョゴリの試着撮影もできます。おまけに館の方にお伺いしたところ、200円、クリーニング代だけいただいてます。親切にそうおっしゃっていました。

せっかく新大久保へ足を運んだのなら、ドンキホーテの並びにある、韓国広場ビルの7階にある高麗博物館と、文化センターアリランへちょっと寄り道をお勧めします

新大久保のにぎやかさから解放されて日韓の文化に静かに触れたり、たくさん並んだチマチョゴリに着替えて写真撮影…そして帰りには、たくさん並んだ書籍と、「パンチョッパリ」をお土産に買って帰る…これからの新大久保ツアーはこれですよ

あらたてまして、高麗博物館さん、文化センターアリランさん、お世話になりました。また高麗博物館さんでは、当日お邪魔したにもかかわらず、私どものうるさいチビ軍団においしいリンゴまでごちそう下さり、心から感謝しております。

また近いうちにお邪魔させていただきます。

それから、こんなバナーも作ってみました↓

Kanjinsiryoukan_2

Kangaku_3

お世話になりっぱなしの、歴史資料館と韓国学校へ感謝の気持ちとして、私なりにバナーを作って、サイドバーにもリンクを設置させていただきました。

また神奈川の民団さんでは新年会の折に、展示販売会の場を設けてくださり。著者の金先生も沢山の方と触れ合うことができ、心より感謝しておりました。お礼にこれはもともとあったものですが、民団のバナーもサイドバーに設置しておきます。

Mindan

最後に、民団神奈川の新年会に続いて、「慶尚北道道民会」の新年会でも、本の販売会を開いてくださいました。どちらでも沢山の本を購入していただき、著者も大変感激しておりました。

また、以前の磯子の販売会で購入して下さった方が、弟さんのためにともう一冊買って下さったり、「とてもよかったですよ」と前に買って読んで下さった方がお声掛けくださったそうです。それどころかサインまでお願いしてくださったそうで、金先生は照れくさそうに話していました。

本当に本当にありがとうございました。

また、大事なことはとっておいた方がよいので、近日もう一つ大きな知らせがあります。とても大きなサポーターさん現る

正式に決まりましたらそちらのサイトのリンクも設置させていただきたいと思います。また、サポートして下さった方でご希望の方は、こちらのサイトにリンクバナーを設置させていただきますので、どうぞお知らせください。

一人ども多くの方が、この本の暖かさに触れ、北も南もない平和と日韓朝の友好関係が続きますように…願

Hyousi

Banarhutari

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