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2008年1月27日 (日)

第6話 めぐみちゃん

『子供たちに夢と希望を与える仕事』

そう書かた求人広告に目を輝かせた僕は、疑うこともなく意気揚々と面接に向かった…しかしその結果、僕はあやまって武州でも名の通ったテキヤ一家、関東鬼瓦興業へ就職してしまったのだった…

そして面接で出会ったあの長沢まさみ似の女の子にも会えることなく、僕はダボシャツ姿に、パンチパーマという悲しいいでたちで、会社の隣町の縁日で仕事をしていた…

「おらー、吉宗ー、なに泣きっ面でぼーっとしてんだ、砂糖がこげるだろうが…」

銀二さんの声にハッとした僕は、目の前でぐつぐつ煮えている砂糖と水あめを、あわてて火からおろした

「煮え過ぎたら、固まんなくなるって、さっき教えたろーが!」

大きな銅板の上にせわしなく型をならべながら、銀二さんは僕に顎で合図をした

「あ、はい…すいません」

僕は持っていた鍋から銅の型の中に、水あめと砂糖の溶けた液体を流し込んだ

やがてその液体が固まりはじめ、ころ合いをみて銀二さんが、小さなヘラで中に絵を描いていく…、そして完全にかたまった飴を型をはずすと、そこには僕も小さなころ大好きだった べっ甲飴が完成していた…

 

「こうやって作るんですか、べっ甲飴って…」

「おう、火加減間違えると、飴はかたまんなくなっちまうんだ、微妙な技がいるってわけよ…」

銀二さんは誇らしげに、型の中の固まりかけている飴にへらで絵をかいていた

「あ、それってピカチュウじゃ?…」

「ん?ピカチュウ?あ、これピカチュウか?…」

銀二さんはまったく絵心がないらしく、どの型の飴もすべて猫の絵になっていた

「昔から絵心ないからよー、俺…」

銀二さんはそう言いながら、三寸と呼ばれる露店につるさがっていタオルで額の汗を拭いた

「あ…あのー、僕すこしだけ絵が得意なんですけど…」

「何ー!お前なんで、それを早く言わねーんだよ…」

そう言うと銀二さんは、僕にへらを手渡し、腕を組んで僕の手元をながめはじめた…

  

僕はさっそく型にあわせた絵を、頭に思い描きながら、なれない手つきながらも型の中の絵を完成させていった…

「おーーーー、お前やるじゃんかー、これは今日は売れるぞー!」

銀二さんは嬉しそうに僕を見た…はたから見るといかついパンチパーマ姿で怖いお兄さん、僕も出会ったころは恐ろしかった銀二さんだが、いつしかその瞳の中に、不思議な魅力と優しさがあることに僕は気がついた…

そして僕はずーっと気になっていた、大切なことを、思い切って銀二さんに尋ねた

「あっ、あの銀二さん…ひとつ聞きたいことがあるんですが…」

「ん?」

「僕が面接を受けた日に、とても可愛い女性に会ったんですけど…、あの子は鬼瓦興業の事務員さんなんですか?」

「可愛い女性の事務員?…なんだそれ、うちには事務員なんていねえよ…」

「え?それじゃあの子も、同じように、こういった露店を?…」

「何いってんだお前、うちは姐さん以外は男ばかり…、みーんな男だっての、、、」

「えっ!?、それじゃいったい、あの子は?…」

「あの子?誰だそれ…」

銀二さんは不思議な顔で僕を見ていた…

 

社長の趣味からパンチパーマ姿に変身…、おまけにテキヤ稼業という思いもよらない世界に足を踏み入れてしまった僕にとって、唯一の救いは、あの面接で出会った彼女との思い出だけだった…

(これから一緒に働けるんですね…)

そう言いながら、やさしく握りしめてくれた彼女の、暖かい手のぬくもりを思い出しながら、僕はふっとあることを思った…、

(それじゃあの子は…)

「あの子は、社長のお嬢さんだったのかー!」

「社長のお嬢さん?」

「そうでしょ、あの綺麗な女性は、社長のお嬢さんでしょう…」

「何いってんだお前…、親父さんには今、子供なんかいねえぞ!」

「え?…子供はいないって…そっ、それじゃ、あの子はいったい…」

(はっ!?…それじゃ、まさか…)

 

「あの子は、あの子は…社長の愛人だったのかー!?」

大声で叫ぶと同時に、僕の目にショックの涙があふれかえった… 

「何だお前…、吉宗、何、急に泣き出してんだよ…」

「泣いてないっしゅ…泣いてないっしゅ…」

僕はポロポロ涙を流しながら、型の中の飴に絵を書き続けていた…

「おいおい、飴に涙が入るだろ…どうしたんだ…」

銀二さんは、僕を見ながら、ハッと目を輝かせた…

「あー、分かったー、お前それめぐみちゃんに会ったんだろー、そうだそうだ…」

「めぐみちゃん?…」

「そうだよ、めぐみちゃんだよ…」

僕は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を銀二さんに向けると…

「社長の愛人のあの子、めぐみちゃんって名前だったんでしゅか…」

「愛人?…バーカ違うよ、めぐみちゃんは社長の愛人なんかじゃなくて…」

銀二さんが続きを言いかけた、その時だった…

ドーン、ドーン

境内で大きな太鼓の音が鳴り響いた…

 

「おーし祭りの太鼓だ!、そろそろ始まるぞー、忙しくなるからなー」

「あのー銀二さん、めぐみちゃんって…」

「話は後、後…、どんどん作っておかねえと、後でえらいことになるぞー!」

あわただしく、そう言いながら、銀二さんは沸騰しかかった水あめを鍋から降ろすと、銅板の型の中にそっと流し込んだ

「ほら、吉宗、早く固まるまえに、絵の準備しろー」

「は、はい!」

僕は慌てて小さなヘラを手に、飴にむかった…

 

「あーいらっしゃい、らっしゃいー、べっ甲飴、小、中、大、100円、200円、300円だよー買ってってー」

銀二さんは三寸(露店)の中から、大きな声を出し始め…気がつくとあたりは浴衣姿のたくさんの人で賑わっていた、

「ほら、早く、絵、絵…」

「はい…」

銀二さんに急かされ、僕があわてて型に絵を描き始めると、

「あーピカチュウー、パパー、ピカチュウだー!」

小さな子供たちが集まってきたのだ…

 

「これ分かったの君…」

僕は少しうれしくなって、次から次へと型の飴に絵を描き始めた

「あードラえもん…、あーこんどはしんちゃん、しんちゃん…」

いつの間にか、銀二さんと僕の周りには、たくさんの子供たちが、群がっていた

「銀二さんー!」

僕はうれしくなって、銀二さんを見た

「だから言ったろ吉宗、今日は売れるって…」

銀二さんはそう言うと、再び三寸から外に向かって大きな声を張り上げた 

「さあーいらっしゃいいらっしゃいーーーー、べっ甲飴ー、べっ甲飴ー!」

「小、中、大 200円、300円、500円だよー」

「え、さっきは…?」

「しー!小さいことを気にするな…」

これは売れる…そう判断した銀二さんは、さりげなく値上げをしていたのだった…

「お兄さんーその大きいピカチュウちょうだいー」

「あいよー500円ねー」

銀二さんの値上げにも関わらず、僕の作るべっ甲飴は、それから飛ぶように売れはじめた…、そんな忙しさにもかかわらず、僕の頭の中では、銀二さんが言った一人の女性の名前が大きくふくくらみはじめていたのだった

(めぐみちゃん…めぐみちゃん…)

  

  

   

「あらーめぐみちゃんお帰りー」

薄暗くなった鬼瓦興業の門前で、社長の奥さんが一人の女の子に声をかけた…

「ただいまー、おばちゃん!」

そこには髪に可愛い朱色の髪留めをちょこんとつけた、学生服姿の少女が立っていた…。女の子は片手に学生かばん、もう片方の手には、食材の入った買い物ぶくろをぶらさげ、社長の奥さんに、うれしそうに尋ねた

「おばちゃん、来た?あの人…」

「来たよー、さっそくみんなと隣町の縁日に仕事(バイ)に行ってるよー」

「よかったねー、おばちゃん…」

「さあね、うちで続くかどうかねー、はははは」

「きっと続くよ、あの人なら…」

学生服すがたの女の子は、可愛い笑顔で、やさしく微笑んだ

「あとで行ってみよーっと」

「こんな遅くに、おとうさんに怒られるよー」

「パパは今日も遅いって、急に電話があったから…」

「なんだい、大変だねー、近頃は物騒だから、めぐちゃんの父さんも忙しいねー…、それじゃ食事も一人でしょ…、それ冷蔵庫にしまっといで、後でうちの連中と一緒に御飯食べようよ…」

社長の奥さんは彼女の買い物袋を指さして、やさしく笑った。

「それじゃ、お言葉に甘えて、おばちゃんの所でごちそうになろうかな…」

「その代わりに手伝っとくれよー、めぐみちゃん」

「はい…」

かわいらしく小首をかしげながら微笑む、めぐみちゃんと呼ばれるその女性こそ、まぎれもなく、僕が恋い焦がれる面接の時であった彼女だったのだ

がっ、しかし…、このめぐみという少女との恋が、更なる試練の幕開けだったとは、この時、僕は、まったく知るよしもなかった…

Megumi_2

つつく

※イラストは後日更新しますので、お楽しみに^^(by光一郎)

つづき
第七話 チェリーボーイ

Onegai001   
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