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2008年1月20日 (日)

第四話 アジアチャンピオン

アジアチャンピオンの所へ連れて行ってやれ、社長のその一言から、僕は不思議な期待を胸に銀二さんの後ろをのこのこ歩いていた…

「吉宗ってのか…、見かけによらず、すんげー名前だなー…」

銀二さんは、そうとう僕の名前が面白いのか、笑いながら、話しかけてきた

「は、はい昔からよく言われます。」

「でもついてんなーお前、いきなりアジアチャンピオンのとこへ行かせてもらえるなんてよ…、俺だってなかなか行けねえんだぜ…」

「あのー、ぎ、銀二さん、アジアチャンピオンって、いったい何のチャンピオンなんでしょうか?」

「それは会ってのお楽しみだよ…」

銀二さんは振り返ると、いたずらっぽい笑顔を僕に向けた…

 

それから歩くこと数分、銀二さんは、『BAR BAR 留松』 そう書かれた古びた看板に、青赤白のぐるぐる回る電飾の店の前で足を止めた…、僕が連れてこられた場所、それは床屋さんだったのだ… 

「おー、いらっしゃい銀さん、あれ、先週来たばっかだよね」

中から現れたのは、まるで演歌歌手のようにビシッと頭を短くセットした、白衣のおじさんだった…

「今日は俺じゃねーんだ、こいつこいつ、マスターのセンスでばっちり頼むよ…」

「新顔だね、鬼瓦さんのところのニューフェイスかい?…」

「は、はい…」

「うーん、ういういしいねー」

マスターは嬉しそうに、僕を椅子に招くと、小気味よくはさみの音を立てながら、散髪の準備を整えはじめた…

 

「あ、あの銀二さん、チャンピオンってもしかして、この床屋さんですか?」

「そうだよ、マスター二年連続だっけか」

銀二さんは店の壁に飾られているトロフィーに近寄ると、そこから一つ僕の前に持ってきた…

「すげえだろ、吉宗、二年連続アジアチャンピオンなんだぜ、ここのマスターは…」

「えー、すごいですねー…、もしかしてそんなすごいカリスマ美容師さんに、カットしてもらえるんですか?」

「おうだよー、だから言ったべ、お前ついてるってよ」

 

(そうかー社長はあんな怖い顔していたけど僕にすごい期待を、かけてくれているんだ、それで僕をカリスマ美容師のところへ…)

僕が感激で胸をいっぱいにしていると、シャキシャキ華麗な手つきではさみを鳴らしながらアジアチャンピオンのマスターが近づいてきた…そして銀二さんに向ってひと言、

「パンチパーマでいいね!…」

「おう頼むよマスター」

「パッ、パンチパーマーーーーーーー!?」

驚きと同時に銀二さんが手にしていたトロフィーの文字が、僕の目に飛び込んできた…

 

『優勝パンチパーマ・アジア選手権大会』

 

マスターはハサミを天高く舞いあげると、すさまじスピードで有無を言わさず、僕の長髪をカットしはじめました。

シャキシャキシャキシャキシャキシャキ…

「あああああああああああああああああああ…」

あまりのショックに、僕の意識がもうろうとしはじめていた…

「最近カリスマ美容師なんて、かっこつけてんのがいるけどさー、あいつらパンチパーマなんて出来ないからねー、パンチも出来ないで、何がカリスマだってんだよね…、銀さん」

シャキシャキシャキシャキ…

素早いハサミの音と、マスターの嬉しそうな声が、もうろうとしている僕の耳にかすかに聞こえていた…

チリチリチリチリチリチリチリチリチリチリ

「うーん、いい感じだねー銀さん、この兄ちゃん、いいパンチャーになれそうだよー…」

僕はコテの熱さと、髪の毛の焦げるにおいを感じながら、遠ざかる意識の中でマスターの訳のわからない会話を聞いていた…

 

それから何分たったか…

気がつくと、六ミリ四ミリみごとに焼かれたパンチパーマ姿の僕が、鏡に映し出されていたのだった…

Hujibitai_2

「あいやーーーーー、まいったな銀さん、この彼氏、すごい富士びたいだよー!」

僕はもともと狭い額をしていた、マスターは鏡に映った僕のその額をみて、納得がいかないそんな顔を、銀二さんに向けた…、

「あらー、本当だ…これはかっこ悪いなーマスター…、しょうがないからソリも入れたろうか、ソリも…」

「ソッ、ソリーーーーーーーー!?」

僕はその一言を耳にしてから先、完全に気を失ってしまった…。そして目が覚めた時、目の前の鏡には、全く別人と化した僕が座っていたのだ…。

Panchi

「おおー、なかなかいいじゃねえか、」

「………」

「さすがはアジアチャンピオンだなーマスター、見事なパンチャーに仕上がったじゃん…」

銀二さんは、マスターにお金を払いながら、うれしそうに僕のパンチパーマ姿をながめていた…

 

「な、なんで…?」

僕の思考回路は、このパンチパーマと同じようにくるくる回り始めていた… 

(僕が就職した、この鬼瓦興業って、いったいぜんたい…?)

 

崩壊した頭の僕は、気づくと銀二さんに連れられ、リクルートスーツにパンチパーマという、一昔前の演歌歌手のようないでたちで、これから生活する鬼瓦興業に向かって、とぼとぼと歩いていた…

その後、さらに恐ろしい事が待ち受けているような予感を感じながら……

続き
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