第16話 吉宗くん恐怖との戦い
テキヤ稼業へ就職して二日目、僕の目の前には幸運のハプニングが舞い降りてきていた
そう、それは憧れのめぐみちゃんと一緒に、仕事が出来るのだ
めぐみちゃんは可愛いエプロンを着けて、親父さんの後ろでにっこり笑顔で、僕にピースをしていた
(春だー、苦労の後に春が来たんだー)
僕は驚きと喜びのあまり、顔を真っ赤に染めながら、露店(さんずん)の中で、またしてもお公家様のような笑顔でにんまりしていた
しかし、そんな喜びを打ち消すように、ゴリラ男追島さんの一言が僕に飛んできた。
「親父さん、駄目駄目!こいつにバイトの手伝いなんて必要ないっすよ、ろくにタンカ売も出来ねーこいつの所より、銀二のとこ手伝わせた方が良いでしょ」
(えーーー!!)
その言葉は力無い男にめぐみちゃんは預けないというまさに戦力外通告だった、僕のお公家さまのような笑顔は一瞬にして、絶望の顔にかわってしまった
「それじゃ、今日のべっこうの売り上げは捨てるしかねーのか?」
親父さんは困った顔で僕を見た、そしてめぐみちゃんの方を振り返り声をかけた
「タンカ売もろくに出来ないんじゃ、しかたないな、おーい、めぐみちゃん、、」
「親父さん!!」
僕は親父さんの言葉の途中で、あわてて声を張り上げた
「僕、やります!しっかりタンカ売やります!!」
自分でも驚くほどの大きな声で、僕は親父さんに訴えていた
「何だ?出来るのか吉宗」
僕は鼻の穴を大きく広げ、力いっぱいうなずいた。
「よーし、それじゃ、もっぺんタンカ売やってみろー!」
僕の大見得を聞いた追島さんの一言で、僕はガラの悪い観客の前で、再びタンカ売にチャレンジすることになった。
僕は鼻血をぬぐうと、手にしていた雑誌をくるくるっと丸め、チラッとめぐみちゃんの方を見つめた、
僕の視線に気が付いためぐみちゃんは、親父さんの後ろでニッコリ微笑むと、声をださず口パクで僕に声をかけてくれた
《 が ・ ん ・ ば ・ っ ・ て、、、、》
(が、、頑張ってって、、め、、、めぐみちゃん、、、 )
僕は嬉しさで目をキラキラさせながら、追島さんの方を振り返ると、思いっきり手にしていた雑誌を机めがけて振り下ろした
パン!!
雑誌の大きな音が、あたりに鳴り響き、同時に僕は大きな口をあけて、声を張り上げた
「しゃーーー!らっしゃーーーぁあいーー!!」
「ぐぅわー!!」
気が付くとまわりのギャラリーはいっせいに耳をふさぎ、すごい形相でかたまっていた
(、、、、えっ!?、あ、、、し、しまったー!、、)
僕はその光景を目の当たりにして一瞬にして青ざめてしまった、そう、気負いすぎた僕は頭のてっぺんから出るような、ひっくり返った黄色い甲高い大声で、思わず叫んでしまったのだった
「な、、何だその声はー!」
追島さんの怒りの孫の手が僕のお尻に大ヒットした
「痛ぁぁぁぁぁぁーー!」
「もう一度ー、もう一度ー、お願いしますやらせて下さい!」
僕はお尻を押さえてピョンピョン飛び跳ねながら、追島さんに向かって必死に訴えていた
「バカヤロウ!もっぺんも糞もあるかー!」
「お願いです、もう一度、もう一度チャンスをーーーー!!」
僕は追島さんにへばり付きながら必死に訴え続けた
「そこまで言ってんだ、追島もう一度チャンスをやったらどうだ」
必死になって追島さんに訴えている僕の姿を見た親父さんが、笑いながら声をかけてくれた
「おやじさん無駄っすよ、この新入り根性なさすぎですからね」
追島さんは僕の頭を鷲づかみにして親父さんに話した
「根性かー、なるほど、それじゃまずは、根性をつける事から始めたらどうだ、追島」
「根性すか、、、、、」
追島さんと親父さんは、二人で腕組みをしながら僕を眺めて考え込んでいた
「そうだ!親父さんいい考えがありますよ」
追島さんはうれしそうに拳で手のひらをパンと叩くと、ギャラリーの方を向いて真剣に何か吟味をはじめた、そして2メートル近い巨体に、つるつるのスキンヘッド、おまけの顔中刀傷だらけの世にも恐ろしい形相の人を見つけて声をかけた
「おう、熊井、すまねえがちっとばかし手伝ってくれねーか、」
「なんすか、追島の兄い?」
そいいながら熊井という恐ろしい顔の男が僕の前にやってきた
追島さんは間近に見ると一段と恐ろしい熊井という人の顔を指差しながら、僕に声をかけた
「新入り、お前今からこいつに喧嘩売ってみろ!」
「え、、、?」
「え?じゃねー、こいつに喧嘩売れって言ってんだ」
「おーおー、そうかそうか追島、そらー、いい考えだなー、根性つけるにはそれが一番だながははは」
親父さんは嬉しそうに笑いながら、追島さんにむかってうなずいていた
(け、、、喧嘩って、何で僕がそんなこと、、、)
僕は恐る恐る熊井という人を覗き見た、するとその二メートルのスキンヘッドは僕をまるで奇妙な昆虫を見るような目でジーとその恐い顔で見つめていたのだ、
「、、、うわ!?、、、、」
その瞬間、僕はまさに蛇に睨まれたカエル状態になってしまった、
そしてその場で身動き一つ出来ず、恐怖のあまりすさまじい顔で、そのスキンヘッドを見つめたまま、じっと固まってしまったのだった
その光景を離れたところで、とんでもない男が見つめていた、僕が恐怖で身動きできずにいるとも知らず、大きな勘違いをしてその男は大声で叫んできた
「うおー、さすがは吉宗の兄貴だー! 熊井さんの恐い顔にもビクともしないで、いきなりガンのくれあいを始めちまうとは、有無を言わさずの戦闘開始っすね!」
(うわー、バカ鉄!何も知らず余計なことを、、、)
僕は熊井さんを見つめたままの状態で鉄の無神経な言葉に、ゾッとしていた、
「おう、上等じゃねーか兄ちゃん!鬼瓦興業の新人だろうと、そう来るなら容赦しねえぞ!」
こともあろうに鉄の勘違いの一言のおかげで、目の前にいる熊井さんの恐い顔はさらに魔界の住民のごとき恐ろしさに変貌をとげてしまったのだ
「ひえーーーー!!」
僕はあまりの恐ろしさから、全身硬直状態に陥り、下から二メートルの巨体をさらにひきつったすごい顔で見つめたまま、身動きできなくなってしまった
「おおー良いメンチだー、若いのー! 熊を相手に一歩もゆずらねーで、それだけのメンチが切れるとは、見上げた根性だなー」
「そうでしょう、俺が兄貴と認めた男っすから」
「ほう、鉄の兄貴分か、、、、」
僕の気持ちも知らず、鉄も周りの人たちも勝手に関心して喜んでいた、そんな中、熊井さんの顔は見る見るうちに、魔界の住民からさらにグレードアップして、魔王そのものと変化し見動き出来ない僕の顔にぐっと近づいてきた。
「、、ひ、、ひ、、ひえ~!!」
「何をひるんでんだーコラー新入り!トラだトラお前はトラになるんだー!」
「負けるなー若人よー、がははははっはは!」
追島さんの怒鳴り声と、人の気も知らないで大はしゃぎしている親父さんの笑い声が僕の耳にかすかに響いていた
根性をつけるため、追島さんのアイデアと、鉄の勘違いから始まってしまった熊井さんという二メートルのスキンヘッドとの戦闘、鬼瓦興業入社二日目僕は、めぐみちゃんとの幸せな仕事をかけて、更なる恐怖と危機にさいなまれていたのだった。
つづく
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