第8話 鉄
銀二さんがお馬鹿風の女性と暗がりに消えてしまったおかげで、結局僕はめぐみちゃんという名前のみで、あとは彼女のことを何一つ知ることはできなかった…
そのかわりというか何というか、僕はやたら目つきの鋭い金髪の鉄という男とふたり、息苦しい雰囲気の中、会社にもどるはめになってしまった
小柄でずんぐりむっくりした鉄は、道中不機嫌そうにむっつり黙って、やたら恐い目であたりを見渡しながら僕の隣を歩いていた…、僕はそんな異様な雰囲気に耐えられず、なんとか打開できたらと、おそるおそる鉄に話しかけた
「あっ、あの、確か名前、鉄さん…ですよね…」
「…………」
鉄は不機嫌そうな顔でむっつり黙っていた…
「あっ、すいません…」
恐くなって謝ろうとすると、
「そうだよ……」
鉄は時間差攻撃で返事をかえしてきた…
僕は少しほっとして、鉄にたずねた
「あ、あの、鉄さんは入社して長いんですか?」
「………………」
鉄はまたしばらく恐い顔で沈黙をくりかえした後
「3ヶ月…」
相変わらずの時間差攻撃のような返事だったが、今度は僕のほうを見ながら、そう答えた…
目つきの悪さもさることながら、口をあけた時にちらりと覗かせる、ぼろぼろに欠けた前歯が、さらに彼の不気味さを際立たせた…
「あ、あの鉄さんも面接で入ったんですか?」
「………………いや、銀二兄いに、スカウトされた。」
「スカウトですか?」
「……………そう…」
何時しか僕は、この鉄という男との時間差攻撃の会話にも、慣れはじめていた…、と同時に、若いのか老けているのかわからない、この男の年齢が気になった。
「あのー、鉄さんは、お何歳ですか?」
「………………」
相変わらずの時間差沈黙のあと鉄はぼそっとつぶやいた
「16」
「16歳!?」
(まっ、まさか僕より二つも年下だったなんて…)
僕は、横目でチラチラ眺めながら様子を伺うと、やはり鉄の顔の中には何処となく16歳という雰囲気が漂っていた…
それからしばらく、鉄との奇妙な時間差会話を続けていた僕は、ふっとあることに気が付いた
(この鉄という男は、別に怒っている訳でなく、会話が苦手で、頭の中であれこれ考えているせいで目つきが悪く見えてしまうんでは…、僕のことを睨みすえながら不気味に微笑んださっきも、きっとそれが原因だったのかも…)
そう思ったとたん、僕は銀二さん同様、この鉄という男に対しても、奇妙な親しみを感じ始めていた…
ところが、暗がりの路地を曲がった時、鉄のその目つきの悪さが原因で、僕はとんでもない事件に巻き込まれてしまったのだった…
「親父さん、姐さん、ただ今戻りましたー」
鬼瓦興業の玄関へ、たまっているものを吐き出し、さっぱりした顔の銀二さんが、ほっぺをピンクに染めながら戻ってきた。
「おかえりなさーい」
そんな銀二さんの前に、台所から、割ぽう着姿のめぐみちゃんが、笑顔で出てきた
「おー、めぐみちゃん来てたのか…」
「うん…」
めぐみちゃんは小さくうなずくと、嬉しそうに微笑みながら、銀二さんの周辺を見渡した…、しかし、周りに誰もいないことに気が付くと
「あれ、銀二さん、面接のあの人は?」
きょとんした顔で尋ねた
「え?まだ帰ってないのか、吉宗のやつ、鉄と一緒に先戻ったはずなんだけど…」
中から社長の奥さんが出てきた
「何だよ銀ニ、一緒じゃなかったのかい?」
「いや、ちょっと…俺は急な野暮用ができちゃって…」
そう言いながら、銀二さんは頭をポリポリ掻いた
「いったいぜんたい、何処で道くさ食ってんだろうね、せっかくめぐみちゃんが手伝ってくれたご馳走で、歓迎会してやろうと思ったのに、銀二ちょっと探してきておくれよ…」
奥さんの言いつけで、銀二はしぶしぶ靴を履きなおした
「あっ、私も探しに行きます…」
めぐみちゃんは、うれしそうに銀二さんの後を追いかけた…
銀二さんとめぐみちゃんが僕を探しに会社を出たその頃…、僕は鉄と会話しながら曲がった路地横の小さな資材置場で、恐怖に怯えていた…
そして僕の足元には、頭から血をながして気絶している鉄が、大の字で横たわっていた
「やっ、やめましょうよ…、ぼっ、ぼっ、暴力はよくありませんよー…」
僕は資材置き場の壁に、背中を押し付けながら、強張った表情で苦笑いしていた……
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