第81話 吉宗兄貴の武勇伝とお慶さんのチャンス!
「吉宗の兄貴なんて、小学校の時から通ってたんっすよ…」
鉄が僕を思って言った、そのとてつもないありがた迷惑な言葉に、めぐみちゃんは驚きの顔を浮かべていた…
(あーーー!だめだー、もうおしまいだーーー!)
心の中でそう叫んだその時だった、今までキョトンと僕を見ていためぐみちゃんが、急に真っ赤な顔でぷーっと噴き出し、
「…鉄君、それって面白すぎる…くっくっくくく…」
お腹を押さえて笑い始めたのだ…
「吉宗君が小学校から通ってたなんて、ははは、ははははは…」
(えっ!?…)
今度は僕がきょとんとした顔で彼女を見た
「めっ…めぐみさん、まじっすよー、吉宗の兄貴はマジで小学校から通ってたんっすよー!」
「まじって、鉄君そんな訳ないじゃない、本当に冗談いって、ははははは…」
「じょ、冗談じゃないっすよ…めぐみさん!」
「はははは…もう、やめてよ、鉄君、笑いすぎてお腹がいたいよ…クックククク…」
めぐみちゃんはお腹を抱えて笑い続けた…
(そ、そうだよ…よくよく考えても小学校からソープランドに通っていたなんて話を、信じる人なんているわけないよな…ははは…とんだ取り越し苦労だった…はははは…)
僕はほっと肩をなでおろした、
ところが恐怖の時限爆弾、鉄は、このまま収まってくれはしなかった…めぐみちゃんに笑われてイライラ顔をのぞかせると、
「めぐみさん!…これだけ言っても、兄貴のこと信じてくんねえんすね!…それじゃ、もっとすげえ兄貴の武勇伝教えるっす…」
(えっ!?何言いだすんだ、お前…)
僕は再び額に青筋をたらしながら金髪の鉄を見た
「はいはい、今度は何ですか?鉄君…」
めぐみちゃんが笑いながら答えると、鉄は顔を真っ赤にして
「あー、めぐみさん、そんな言い方、兄貴の武勇伝に対してに失礼っすよー、」
「失礼?…ふふふ、そうか失礼ね…」
楽しそうに笑いながら、
「それじゃ、吉宗君のもっとすごい武勇伝、教えてくれる?」
いたずら娘のような顔で鉄を見た
「へヘヘ…これを聞いたら驚いて、めぐみさん兄貴に惚れ直しちまいますよー!」
(や、やめろ…鉄、こ、これ以上何を言うつもりなんだー!)
「で?何?…私が惚れ直すお話って…」
「デへー!…実は兄貴なんて、廊下で豪快に滑っちまうんすよー!」
(だーーー!このバカ昨夜のソープランドでの事を、ついに言ってしまったーーー!)
「ねえ、めぐみさん、すごいっしょー、兄貴マジすごいっしょー!…」
(鉄ー、お願いだから、もうやめてくれーー!!)
僕は心でそう叫ぶと、顔面蒼白になりながら、めぐみちゃんの様子を伺った…
ところが、めぐみちゃんは訳の分からない顔で
「廊下で滑る?…」
「そうっす…兄貴ほどになると、部屋から抜け出して廊下で豪快にすべっちまうんす!…」
「部屋から抜けて廊下で…?、何だかよく分からないけど?…」
首をかしげながら、僕の事を見た、
「ねえ、吉宗くん、何?その廊下で滑るって?…」
「えっ?…あっ、さあ?…ぼくにも理解がはははは…」
必死にごまかし笑いを浮かべながら、僕はさっとめぐみちゃんと鉄の間にわって入った、そして鉄の肩をポンッとたたくと
「もっ、もういいよ鉄…僕の武勇伝は、もう語らなくていいから…」
出来る限りの引きつった怖い顔で、鉄を睨み吸えた…
「あっ!?…えっ?で、でも兄貴…」
「もう、いいってば!!」
「あ…はあ…」
更に苦い顔の僕に鉄はそのまま口をつぐんだ……
どうにか鉄を黙らせることに成功した僕は、ごまかし笑いを浮かべながら恐る恐るめぐみちゃんに振り返った…しかしそこには、
「廊下ですべる…?」
小声でそうつぶやきながら不思議そうに首をかしげている彼女の姿があった…
(ま、まずい…めぐみちゃん、真剣に考えこんじゃってる…)
「ねえ、吉宗くん?」
「はっ、はい?…なっ、なんでしょう…」
「今、鉄君が言った廊下ですべるって…」
めぐみちゃんが不振そうに顔を上げたその時だった…
「よっちーちゃーん、おまたーーー!ほほほほほほー!」
堀の内の夜空に聞き覚えのある甲高い声が響き渡った
(その声は、女衒の栄二さん!!)
地獄に仏、その時響いてきた栄二さんの甲高い奇声は、まさに救世主の奇声だった…
「え、栄二さーーん!」
僕は必死に苦笑いをしながら、声が響いてくる方角に手を振った
「あらー?ヨッチーちゃんたら、うれしそうに手なんかふっちゃって、まぁ~、かわいいことー、ホーホホホホホホ!」
栄二さんはうれしそうに笑いながら、僕たちのほうに近づいてきていた、そしてその横には、照れくさそうに笑っている綺麗な女性が…
「あれ、お慶さん、お慶さんもいっしょだったんですか?」
めぐみちゃんはそう言った後、はっと驚きの顔を浮かべた…
「ちょっと、お慶さん、どうしたんですか、その顔!?」
「あら、めぐみちゃん、気がついちゃった…化粧で隠したんだけどね…へへへ…」
お慶さんは沢村に殴られた顔で、恥ずかしそうに笑った
「な、なんで!?」
「さっきのヤサオトコよ、ホホホホホホ…私が戻ってみたら、お慶ちゃん、ボッコボコにされてたんだわよー、笑っちゃうわよねー、ホホホホホ…」
「だから、笑うところじゃないでしょ…もう、栄ちゃん!」
そんな二人の会話にめぐみちゃんは
「さっきの人って、あの婚約者さん?」
「元婚約者だわよ、めぐっぺ…」
「元!?…」
「あっ、うん…ちょっと、いろいろとあってね…」
そんなお慶さんの言葉に僕は思わず目を輝かせてしまった
「元って、それじゃお慶さん!?あの人と婚約解消を?」
「ちょっと、君…人の不幸話を聞いて、なんてうれしそうな顔してるのよ…」
「あっ!す、すいません、つい…」
「ついって何?…」
「あの、追島さんにもチャンスが…そう思って…」
「追島にチャンス?…」
お慶さんは一瞬眉間にしわを寄せた
「あっ!…す、すいません…つい余計なこと…、追島さん、あんなひどいことしちゃったんだから、やっぱり駄目ですよね…ははは」
僕はあわてて謝りながら、そっとお慶さんの様子を伺った…ところがお慶さんはさっきとは一変した優しい笑顔を僕に向けると、
「追島にチャンスねえ…」
静かにそうつぶやきながら、そっと目をとじた…、そして、ふたたび目を開けると、
「追島に…チャンスじゃなくて…、その逆かもしれない…」
そんな意外な言葉を口にしたのだった…
「…逆?」
「えっ!?何で?…」
僕とめぐみちゃんは、目をパチパチしながら、顔を見合わせた…
「あの、お慶さん…逆って?…」
「私が…、私があの人にチャンスをもらえるかどうか…かな?…」
「お慶さんがチャンスを?」
「何で?どっ、どいうして?…」
僕とめぐみちゃんは、訳が分からず、女衒の栄二さんを見た
栄二さんはうれしそうに、手にしていた派手な扇子をパタパタさせると
「まあ、大人には大人の、いろんなことがあるんだわよ…ホホホホ…」
そう言って笑いながら、追島さんのソープランド事件の真相を話してくれたのだった…
「そ、それじゃ…、追島さんは、ソープのお姉さんを好きになって暴力事件起こしたんじゃなくて、自分の奥さんをそこで働かせていた、その西条というひどい友達が許せなかった…そんな事情があったんですか!?」
「まあ、そういうことだわね、ホホホホホ…」
無言のお慶さんに代わり、栄ちゃんが笑って答えた…
「でも…どうして、追島さん、そんな大切なことを、お慶さんに話さなかったんだろう?…」
「めぐみちゃん、私もさっき聞いた時、そう思ったの…どうして?って…、でも相手の竜一さん、その西条竜一さんの深い事情を思い出して、追島が言えなかった理由が分かった気がしたの…」
お慶さんの言葉に、栄二さんは、仰いでいた扇子を止め…
「事情か…そうね…、西条竜一を鬼に変えた、あの一件か…」
「うん…」
お慶さんと栄二さんは、真剣な顔でうなずきあったあと、しばらく曇った表情をうかべていた…
(さいじょう、りゅういち…?)
僕は初めて聞く、その名前に首をかしげながら、じっとお慶さん達の様子を見ていた…
そんな重苦しい雰囲気を打ち消すように、栄二さんが大きな声で、
「そうだわ!ヨッチーちゃん、めぐっぺ…あんた達にお願いがあるのよ…」
「お願い?……」
「お慶ちゃん、いいわね、さっきのお話?…」
「あっ…うん…」
栄二さんに促されて、お慶さんは照れくさそうに小さくうなずいた…
「いいこと、このお慶ちゃんと追島ちゃんの間に、もう一度チャンスが訪れるよう、あんた達にも協力して欲しいのよ…」
「えっ!?!栄二さん…!それじゃ…」
「そうよ、ヨッチーちゃん…」
「お慶さん、それじゃ追島さんのこと、許してくれるんですね!…」
僕とめぐみちゃんは目をキラキラと輝かせた
お慶さんは恥ずかしそうに微笑むと
「許してほしいのは…私の方……、事情も知らずに一方的にユキを連れていなくなったんだもの、あの人の事を、心から信じてあげなかった私の方……逆に彼が、私のことを許してくれるかどうか……」
「許すに決まってるじゃないですか!、追島さんは今でもお慶さんのを思ってるんですよ、その証拠があのスイートピーの花束じゃないですか!!…」
「うん、そうですよ、お慶さん、大丈夫、大丈夫ですよ!」
「それじゃ、二人とも、お慶ちゃんに協力してくれるのね?」
「あたりまえでしょ、栄ちゃん、そんなうれしいお話、協力するにきまってるでしょ、ねっ、吉宗君!!」
「うん…うん、うん…協力しよう!…めぐみちゃん!」
僕たちは、感激の涙を一杯にしながら、手をとりあって喜んだ…
「まあ、ヨッチーちゃんもめぐっぺも、まるで自分のことのように喜んじゃって、可愛いわねー二人とも、ホホホホホー!」
「そうね…本当に、素敵な二人ね…」
栄二さんとお慶さんは、手を取り合ってはしゃいでいる、僕とめぐみちゃんを、楽しそうに見つめていた…
(これで、ユキちゃんと追島さんが、元通り一緒に暮らせる!…、ばらばらだった追島さん家族が幸せに戻れる…)
うれしくて、うれしくて…心のそこから幸せ一杯な気分だった…
しかし、僕は感激のあまり、重大なことを忘れていた…
それは今、僕が現在立っているこの場所が、どれだけデンジャラスな場所であったかという重大なことだった…
追島さんとお慶さんのことで、喜び一杯の僕の背後に、とてつもなく恐ろしい不吉な影がひたひたと近寄っていたなんて…そのとき僕は考えてもいなかったのだった…
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