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2009年12月

2009年12月25日 (金)

第103話 めぐみちゃんとミヤマクワガタ… 

「ちょっと、待って下さーい!」

僕は最近やっとはき慣れて来た、セッタという草履に足を入れながら、銀二さんに叫んだ…

「何だ?吉宗…お前も行くのか?…」

「はい、一緒に迎えに行って挨拶をしておいた方が良いって、岩さんが…」

「挨拶か…それもそうだな、マサの野郎、機嫌を損ねると、たちの悪い所があるからな…」

「たちの悪い所ですか?…」

「ああ、普段はおもしれえ男なんだが、怒らすとちょっとな…」

銀二さんは笑いながら、門の外へむかった

(怒らすと、たちが悪い…)

僕は額から数本の青筋をたらしながら、銀二さんの後を追いかけた…

 

「あ、あの銀二さん…、一つ聞いて良いですか?」

「あー?」

「さっき、岩さんが話してた、武州のミヤマクワガタって、あの、いったい?…」

「ああ、マサの野郎の、若い頃のあだ名だよ…」

「あだ名?……」

「ああ、本名は白鳥 正義っつうんだけどよ、ガキの時分から、娑婆と少年院を行ったりきたりの繰り返しでな…、この町に住んでいながら、めったに姿を見れねえってんで、天然記念物のミヤマクワガタみたいな野郎だって、そう呼ばれてたんだよ…」

「しょっ、少年院を行ったりきたりって…、そっ、それじゃ、やっぱり怖い人なんですか…」

「怖いなんてもんじゃねえよ…、その昔は悪中の悪だった男だからな…」

「悪中の悪!?…」

「まあ、俺も、けっこう悪さしてきたけどよ、マサの野郎は、その遥か上を行ってやがったな…ハハハ…」

「銀二さんの上を行くって…」

僕はいつの間にか数十本の青筋を額にたらしながら、ごくりと恐怖のつばを飲み込んだ…

銀二さんはそんな僕の様子に気づくと、慌てて手を横に振りながら

「おいおい、お前がそんな緊張することねえって、昔の話だからよ、昔の…」

「はっ、はあ…昔の話…、ですか…」

「ああ、今じゃだいぶ丸くなってるから、怒らせさえしなきゃ、まじで面白い野郎だよ…怒らせさえしなければな…」

笑いながら駅の方に向かって蟹股で歩いていった…

 

「怒らせなければ…か…、これは気をつけないと…」

僕は頭に長い角をはやした恐ろしい形相の、武州のミヤマクワガタと呼ばれる男の姿を想像しながら、銀二さんの後を追いかけていった…

 

 

 

その頃、駅裏の人気の無い路地裏では…

「うぐぇ…、すいません…すいませんっす…」

腕にドクロの刺青を入れた男達が、ボコボコに腫れ上がった顔で、必死に土下座をしていた…そして、男達の視線の先には、身長160センチの体に不釣合いな大きなパンチパーマ頭の、武州のミヤマクワガタこと、白鳥正義(しらとりまさよし)の姿があったのだった…

 

「謝るぐらいなら、始めから絡んでくるんじゃねーよ…」

ミヤマクワガタのマサは、ドクロ男達の前にヌッとその大きな顔を突きつけると、中にポツンと配置された小さな目で睨みすえた…

「すいません…すいません…まさか、ミヤマのマサさんだったなんて、気がつかなかったもんですから…」

「勘弁してください…どうか、勘弁してください…」

男たちは、ボロボロと涙を流しながら、地べたに頭を擦り付けた…、しかし、ミヤマのマサは近くにあったレンガを握りしめると

「ざけんな、この野郎…」

ドクロ男たちの頭上高く、そのレンガを振り上げた… 

「ひえーーー、助けてくださいーー!!」

と、その時だった…、ミヤマのマサは振り上げたレンガをぽんっと後ろに頬リ投げ、男達の前にしゃがみこんだ…

「昔の俺だったら、あいつで、てめえらのドタマかち割ってただろうな…ハハハ…」

「……」

「ついてたなお前ら、こうしてやりあった時が、昔の俺の時じゃなくて、今の俺の時でよ…」

ミヤマのマサはそう言いながら、そっと男達の前に手を差し出し、やさしく微笑んだ…

「えっ!?…あの…」

「昨日の敵は今日の友だ…ほら…握手で仲直りだ…」

「握手で仲直り?…」

「ああ、仲直りだ、ほれ…」

「あっ、ありがとうございます!!」

ドクロの一人が、大慌てでマサの手を握った…

「握手で、仲直り~♪~、握手で仲直り~♪~」

ミヤマのマサは、奇妙な歌を歌いながら握った手を振り続けた…ドクロ男達も仕方なくそれに合わせるように

「はい、なっ、仲直り~♪~、なっ、仲直り~♪~、はは、ははは♪~…」

引きつった顔で、一緒に歌い続けていた…

ミヤマのマサは、しばらく歌いながら握った手を振り続けていたが、突然その手を止めると

「さてと、仲直りも済んだところで、一緒にご馳走でもべしゃりに行くか…」

ニヤーッと不気味に、その小さな体に不釣合いな巨大な顔で笑っていたのだった…

 

 

 

「吉宗くーーん!」

駅に向かう道中、僕の後から、聞き覚えのある可愛い声が近づいて来た…

「待ってー、吉宗くん!…はあ、はあ…」

「あっ、めぐみちゃん…」

「もう、ひどいよ…ずっと呼んでたのに…」

「えっ?あっ、ごめん…、考えごとしてたから…」

「考え事って?」

「うん、今から駅に迎えに行く人のことをね…」

「迎えに行く人?」

 

その時だった、

「おーい、何やってんだよー、遅いぞ吉宗ーー!」

少し前を歩いていた銀二さんが大声で僕に声をかけた… 

「あれっ、銀二さんも一緒だったんだ…」

めぐみちゃんは、そう気づくと、

「おはようございまーす」

可愛く微笑みながら、頭を下げた… 

「おーう、めぐみちゃん、学校かい?…、制服姿も可愛いなー、ははは…」

「やだー、銀二さんったら…」

めぐみちゃんは照れくさそうに笑ったあと、僕の方に目を向けた…

「吉宗君…、さっきはごめんね…」

「えっ?」

「私のパパ…、相変わらず頑固だからさ…」

「ああ、いや…しかたないよ…」

「パパッたら、吉宗君のこと全然分かってないくせに、ひどい事ばかり言って、あったまきちゃう…、あの後も部屋でガミガミ怒鳴りちらしてさ…」

めぐみちゃんは、ハゲ虎刑事の事を怒りながら、僕達と一緒に歩いていた…、しかし、少したって、ふっと首をかしげると

「ところで、吉宗君、銀二さんも一緒に、いったい何処に行くの?」

思い出したように尋ねて来た…

 

「ああ、駅にね…」

「駅?…あっ、そういえば、さっき誰かを迎えに行くって言ってたよね…」

「うん、あの、ミヤマクワガタさんって人を…」

  

「ミッ、ミヤマクワガタ!?…」

 

突然、めぐみちゃんは表情を変え、慌てて銀二さんに顔を向けた…  

「銀二さん、ミヤマクワガタって、もしや!?…」

「ああ、そのもしやだよ…」

銀二さんはそう言うと、ニッとめぐみちゃんに笑顔を見せた…

「うそー!!マーちゃんが出て来たのー!?」

めぐみちゃんは、嬉しそうに目をキラキラ輝かせた… 

「あっ、あの、めぐみちゃんも、知ってる人だったの?…ミッ、ミヤマクワガタさん…」

「えっ、あっ…うん…うん…」

彼女は何故かぎこちない顔で僕を見た後、ポッと頬をピンクに染め静かにうなずいた…

 

(えっ!何だ?…どうしたんだめぐみちゃん…ミヤマクワガタの名前を聞いたとたん、急に様子が…?)

 

「マーちゃんが…、マーちゃんが……」

気がつくとめぐみちゃんは、潤んだ瞳で遠くを見つめながら、何度も小声で、そう呟いていた…

(えーー!?、おっ、おまけに、マーちゃんなんて、すごーく親しげに名前を!!…)

僕は今まで見せた事のない、そんな彼女の姿に、何か得体の知れない恐怖と旋律を感じはじめていたのだったのだった……

続き
第104話 握手で怖~い、お友達 へ…

イラストカットは近日アップします…

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2009年12月15日 (火)

第102話 武州多摩のミヤマクワガタ

「はーい、ご飯が炊けたよー!!」

姐さんの声が鬼瓦興業に響き渡った…同時にぞろぞろと、人相の悪い面々が、居間の大きな座卓の周りに集まってきた…

「ほら、鉄、順番に味噌汁よそっとくれ…」

姐さんは鉄におたまを渡すと、今度はしゃもじを持ってあたりをキョロキョロと見渡し

「よっちゃん…よっちゃんは、どこだい?…」

僕の事をさがした…、そうそう、姐さんはいつしか僕のことを、よっちゃんと呼ぶようになっていた…

「よっちゃん…」

「あっ、はい!…今、行きます…」

僕はあわてて返事をしながら、腫れ上がったお尻を押さえ、ヨチヨチ歩きで居間にむかっていた…

なぜ、こんな姿になってしまたか…それは… 

めぐみちゃんとハゲ虎に挟まれ、トイレの窓から身動きできなくなっていた所を、運悪く追島さんに見つかってしまい、恐怖の孫の手50連発の刑にあってしまったからだった…

 

「あらあら、何だよ、よっちゃん、まるで、おじいさんみたいな歩き方じゃないか…さては、また追島に厳しくやられたね…」

「あっ、はい…」

「まあ、大変だけど頑張んなさいよ…はははは…」

姐さんはしゃもじを手渡しながら、腫れ上がった僕のお尻をポンとたたいた…

「あひゃーーーーーー!!」

「あらら、ごめん、ごめん…ハハハハ…」

姐さんは、ゲラゲラと笑いながら、台所へと入って行った

 

「おい、吉宗ー、早く飯、飯…」

「あっ、はい!」

銀二さんの言葉に、僕は慌てて近くにあったジャーから、ご飯をよそい始めた…鬼瓦興業へ就職してから数週間、何時しか、ご飯よそいは、僕の仕事となっていた… 

やがて、すべての準備が整うと、僕は座卓の前に、痛むお尻を下ろした…

テーブルの上にはいつものように、豪快に盛り付けられた大皿のおかずが…

「おう、それじゃ、お前らも、たらふく食えよ…」

親父さんは、そう言いながら、どんぶりに山のように盛られた刻みねぎへ、豪快に唐辛子をふりかけると、ガバッとその大きな口にほうばった…

親父さんが口をモグモグ動かすのを見届けると同時に、追島さん、銀二さん…それに刺青の岩さん、鉄…、そして僕も、

「いただきまーす!」

箸をもった手で礼儀正しく一礼して、大皿に盛られたおかずに手を伸ばしはじめた…

入社してからの毎日、それまで静かな食卓で育ってきた僕は、この合宿のような食事が楽しみのひと時だった…

 

「そういえば、今日はマサの野郎が出てくる日だったな…」

親父さんは目玉焼の上に、豪快に唐辛子ネギをのせながら、銀二さんに目を向けた

「あっ、はい…」

「今度ばかりは、野郎もこりただろう…」

「あの、親父さん…」

銀二さんは急に正座すると

「マサの事っすけど、どうか今度の事、許してやっては貰えないでしょうか…」

緊張した面持ちで頭をさげた…

親父さんは一瞬眉間にしわを寄せたが、しばらくしてふっと笑うと

「野郎もきっちり罪は償って来たんだ、まあ、今度ばかりは許してやるか…、なあ、追島よ…」

「そうっすね、この間面会行ったときも、きっちり反省してましたしね…」

「よし、銀二、飯食ったら、お前達で迎えに行ってやれや…」

「はいっ!…ありがとうございます!」

銀二さんは親父さんと追島さんに、深々と頭をさげると、うれしそうにご飯を頬張り始めた…

そんな様子を見ていた、刺青の岩さんが

「武州のミヤマクワガタが戻ってくるか…、ふふふ、また賑やかになりやがるな…」

目を細めていた…

 

(武州のミヤマクワガタ?…)

僕は首をかしげながらも、どこか人ごとのように皆の会話を聞いていた…まさか、そのミヤマクワガタと呼ばれる男が、僕にとって更なる波乱の元となるとも知らずに…

 

 

 

駅前のロータリーでは…白いスーツに白い帽子、そして黒いコートを肩で羽織ったサングラスの男が、焼肉屋さんの窓ガラスに張られた一枚のポスターの前に立っていた…

「いいなぁ…いい…実にいいぞー」

男はそう呟きながら、じーっとビール会社の宣伝ポスターに写る、ビキニ姿でスーパーボインのお姉さんを眺めなていた

「いい乳だ…間違いねえ、これは中身も絶対にいい乳だぞ…おまけに、このくびれた腰といい、このお尻といい……あっ!?」

男は思わずモッコリと膨れ上がった自らの股間に目をうつし、ぶるぶると首を横に振りながら、再び胸ポケットから、めぐみちゃんと一緒に写っている写真を取り出した…

「いかんいかん…俺はもうきっちり誓いを立てたんだ…すまん、俺とした事が…、心配はいらねえぜ、めぐ…、俺はもう、お前を裏切ったりしねえからな…」

ニンマリ笑顔で写真を見つめ続けていた…

 

と、その時だった…

「まったく、お前のひとり勝ちかよ、飯くらいおごれよ…」

「わかった、わかった…うどんでも、べしゃりに行くべー」

焼肉屋の二階にある雀荘から、腕にドクロのタトゥーを入れた茶髪の男達が、ぞろぞろと降りてきて、ふっと白いスーツ姿の男に目を止めた…

「何だ、あれは?…今時えらい気取ったかっこしてやがんな…」

「まるで昔のギャング映画じゃねえか、ははは…」

ドクロの男達は呆れ顔で笑みを浮かべると…

「一発しめてやるか…」

スーツ男の下へ近づいていった…

 

「よお、えらい派手にいきがってるじゃねえか?兄ちゃんよ…」

ドクロの一人が、ぐっと顔を近づけた…

「………」

スーツの男は、無言でめぐみちゃんの写真を見たまま、じっと黙っていた…

「おいこら、何しかとこいてんだよ…この野郎!…」

「今時、はやんねーぞ、こんな帽子…」

ドクロの一人がスーツ男の帽子を叩き落とした…と同時に、男のパンチパーマに鬼のような剃り込みの入った巨大な頭が姿を現した…

「ぶわっ、何だこいつ、すげえ~、でけえ頭!…おまけに今時パンチパーマだとよ…」

「恥ずかしくねーの?…お前、こんなかっこして、ハハハハ…」

ドクロ男たちは、160センチくらいの身長に比べて、バランスの悪い巨大なパンチパーマ頭のスーツ男の周りで、ゲラゲラと声を出して笑い続けた…

しかし、それでもスーツの男は、無言でめぐみちゃんの写真を見つめていたのだった…

「てめえ、いつまでシカトぶっこいてんだよ!…びびって口も聞けねえくせに、偉そうにこんなもん見やがってよ…この野郎…」

ドクロの一人が怒りに顔を真っ赤にすると、男の手から写真を奪い取った…

と、その瞬間だった…スーツ男のサングラスの中の目が、ギラッと光ると同時に、その巨大なパンチパーマ頭が、ドクロ男の顔面に、すさまじい勢いでめり込んだ!

ぶおごーーーーー!!

「ぐおぁーーー!!」

写真を持ったドクロ男は、鼻血を噴出しながら吹き飛ばされ、焼肉屋のシャッターに、勢いよく叩き付けられると、そのまま気を失ってしまった…

 

「てっ、てめえ、コラ…、いきなり何しやがんだー!」

他のドクロの男達は、慌ててスーツ男を取り囲んだ…

しかし、スーツの男は、まったく動じる様子もなく、静かにサングラスを外すと

「さっきから、うるせえんだよ、この便所バエどもが…」

大きな顔の中に、ポツンと配置された小さな目で、ドクロ連中を睨み吸えた…

101torimaasa_2  

「えっ!…あっ!?…」

同時に、今までいきまいていたドクロの男達の顔が、いっせいに青ざめた…

「そっ、その巨大なパンチパーマ頭に、小さな目…、それに鼻の傷…、あっ、あなたはまさか!?…」

「ぶっ、武州のミヤマクワガタ!?…」

ドクロの男達はいっせいに、カタカタと震え始めたのだった…

つづく 

続き
第103話 めぐみちゃんとミヤマクワガタ へ

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2009年12月 4日 (金)

第101話 新たなる波乱の幕開け… 

就職した先は、なんと関東でも名のある、テキヤの一家だった……sweat01

超天然素材の僕、一条吉宗は、それまで喧嘩もしたことのない、ごく普通の学生だった…、しかし、そんな僕が、これまでは近づくこともなかった、その筋の怖ーい方々とともに生活することになってしまった…

おまけに、入社そうそう、おでんのようなチンピラとの喧嘩に巻き込まれたり、何も知らずにソープランドという所にに連れて行かれてしまったり…、さらには鉄という奇妙な弟分まで誕生しちゃったり…、

その後も僕は、数々の怖い事件に巻き込まれ…、終わって見れば、この怖ーい業界の中でも、その名と轟かせてしまったのだった…

Issyoumatome

とにもかくにも、この物語は、そんなごく普通の僕が、何の間違いか真の侠客を目指して突き進んでしまうという、奇妙な悲劇…でなくって、喜劇だったのだったった…

 

 

「あの…銀二さん?…」

鬼瓦興業へ就職してから2週間、僕は日課の事務所そうじをしながら、先輩の銀二さんに声をかけた…

「あー?」

「あの…、鬼瓦興業の正社員になると、茶碗がもらえるって、本当ですか?」

「茶碗?…」

「はい、親父さんから茶碗が貰えるって…さっき鉄が話してたんです…、それをもらえると一人前の社員になれた証だって…」

「……茶碗で社員の証?…」

銀二さんはしばらく不思議そうに考えていたが、急にプーッと噴出した…

「お前、それって茶碗じゃなくて、盃の事だろ…」

「盃?…」

「ああ、親子の盃だよ…」

「親子の盃?…正社員になると、それがもらえるんですか…」

「ああ、正社員って言うか、親父さんに認められて、正式な若衆になれた時にな…」

「わかしゅう?…」

僕は首をかしげると

「あの、銀二さんはその茶碗、じゃなった盃は頂いた事があるんですか?…」

「ああ、二年前にな…」

「へえ、すごいですね…」

「お前も頑張ってれば、そのうち親父さんから貰えるだろ…、まあ、頑張れや!」

「はっ、はい!!」

僕は目を輝かせながら返事すると、キラキラ輝く黄金の盃を頭にうかべた

(正社員の盃か…いったい、どんな素敵な盃なんだろう…何だか知らないけれど、わくわくするな~)

そんな奇妙な勘違いをしながら、僕はせっせと掃除を続ていた…

 

「おう、頑張ってるかお前ら!」

「追島の兄い、おはようございます!!」

「あっ!」

鬼軍曹、追島さんの登場に、僕達はあわてて立ち上がると、両ひざに手を置いて、深く頭をあげた…

「おっ、おはようございまーす!!」

「おう、おめえもやっと、びっとした挨拶ができるようになったじゃねーか…、どうだ、しっかり隅々まで、綺麗にしてんだろうな…」

「はい…ばっちりです…」

「ほう、えらい自信じゃねーか…」

追島さんはそう言うと、あたりをキョロキョロと見渡しはじめた…

そうそう、追島さんといえば、お慶さんと無事によりを戻し、この寮から離れ、今は近くのアパートで暮らしていた…

やはりお慶さんと復縁し、家族そろって暮らせているせいか、追島さんはどことなく優しくなったような……

 

「おい、この神農像、磨いたのはだれだ?…」

「あっ、それ、僕ですけど…」

「吉宗、お前か!…」

「はい…さっき念入りに…」

と、その直後だった、追島さんは目をギラっと光らせると、腰に携えていた伝家の宝刀、孫の手で、いきなり僕のお尻を打ち据えてきた

ビシー!!

「うぐあーー、痛あーーーーー!!」

「てめで、どこが念入りだ、この野郎!!…この隅にまだ埃がついてるだろうが!!…」

「えっ、そんなバカな…」

僕はお尻を押さえながら、慌てて神農像を覗きこんだ、見るとそこには、ほんの数ミリ程度のわずかな埃が…

「埃って、これだけ?…」

僕の言葉に、再び追島さんの孫の手が唸った

ビシーーー!!

「ぶわーーーーーー!!」

「これだけだー?…念入りってのはな、埃一つ無いくらいピカピカにすることを言うんだ、このバカヤロウ!!」

「はっ、はいーー!、すいませーん!!」

僕は慌てて雑巾を握ると、神農像の埃をふきはじめた…と、その直後、再び追島さんの孫の手が僕のお尻に!!

ビシーーー!

「ぐうぇあーーー、なっ、何でですかーー?」

「何じゃねえ、てめえこの野郎、神農さんをそんな汚ねえ雑巾で拭くやつがあるか!」

追島さんは、そう怒鳴ると、僕の手から雑巾を奪い取った、そしてその真っ黒い雑巾を僕の顔に押し付けると

「どうだ、こらー、嬉しいか?…てめえはこんな、こ汚え雑巾で顔ふかれて嬉しいかー、あー、この野郎!!」

「うれひふなひへふーーーーーー!すいません、すいませーん…」

僕は雑巾を押し付けられながら、必死に謝り続けた…

 

「いいかこら、神農さんは俺達テキヤの守り神だ、必ず綺麗なタオルで拭く事、よーく覚えとけこのタコ!!」

「はい!」

僕は大慌てで綺麗なタオルを取りに走った…

追島さんはムッとした顔で銀二さんを見ると

「おい、銀二、便所は終わったのか?…」

「あっ、いやまだです…」

追島さんはそれを聞くと、僕の方を振り返った

「吉宗ーーー、神農さんはもういい、お前は便所掃除だ!!」

「はっ、はい!」

僕は慌てて返事すると、バケツを片手に事務所を出た…

「いいかコラー、隅々までピカピカに磨けよ!…すこしでも汚れが残ってやがったら、後で便器なめさせるからなー!!」

僕の背後から、追島さんのどなり声が響き渡っていた… 

「便器なめさすって、そんな冗談じゃない…」

 

追島さんは家族がそろって優しくなった…?………とっ、とんでもない…あれから追島さんの厳しさは更にパワーアップしてしまったのだった…

 

「あ~、痛たたた……」

僕は廊下を歩きながら、腫れ上がったお尻を押さえると

「まったく、追島さんときたら、ゴリラ並のパワーだからな…、痛すぎるよ…」

ぶつぶつ呟いていた…と、その時だった

「だれが、ゴリラ並なの?…」

「えっ!?」

背後からの聞き覚えのある声に、僕は恐る恐る振り返ると…、そこにはエプロン姿で腕組みをしている、追島さんの奥さん、お慶さんが立っていたのだった…

「ちょっと、吉宗くん…、仮にも私の愛する人の事を、ゴリラは無いんじゃない?…」

「うわー、おっ、お慶さん!…いや、あの…今のは…」

お慶さんは、追島さんと復縁したのと、あの保育園での火事を機に、お店をたたんだ…、そして現在は鬼瓦興業で姐さんのお手伝いを兼ねて、働いていたのだった…

 

「さあて、どうしようかな…、今の言葉、うちの人に言いつけちゃおうかな…」

「いや、あの、お慶さん…それだけは…」

「ふふふ、冗談よ…冗談、それにしても、相変わらず厳しくやられてるみたいね、吉宗君…」

「はい…あっ、でも…失敗ばっかりしてる僕が悪いから…」

「失敗ばっかりね…」

「はい、さっきも汚い雑巾で、神農さんをふいちゃったり…」

「あら、それは怒られるわね…」

「はい…」

僕はうなだれながら静かにうなずいた…お慶さんはそんな僕に

「何しょぼくれてんのよ、吉宗君らしくない、元気出しなさい、元気を…」

「あっ…はい…」

「それに、そんな顔、めぐみちゃんに見られたら、嫌われちゃうぞ…」

「めぐみちゃんに…!?」

僕は恋するめぐみちゃんの笑顔を思い浮かべて、ぱっと目を輝かせた…

 

「そうそう、その顔よ吉宗君…、明るく楽しく、君はいつでもそうでないとね…」

「はいっ…お慶さん、ありがとうございます…」

僕はグッと胸を張ると

「それじゃお慶さん、トイレ掃除、頑張って行って来ます…」

トイレに向かって振り返った…お慶さんは、そんな僕に…

「そうだ、吉宗君…いつか君に伝えようと思ってたんだけど…」

「えっ?…」

「うちの人が、この間、私にそっと話した事なんだけどね…」

「…?」

「吉宗のやつ、あいつはおとなしそうに見えるが、半端じゃねえ根性がある…あいつは絶対にものになる…そう話してたのよ…」

「えっ!?…追島さんが、そんな事を?…」

「うん、だから、余計に厳しくしてるんじゃないかな、君に対して…、すごーく期待してるから…」

お慶さんのその言葉で僕は、目をより一層、キラキラと輝かせた…

「追島さんが…追島さんが、僕に期待を…」

「そうよ、だから、頑張んなさい…」

「はっ、はい!!」

「さあ、私も姐さんのお手伝い頑張らないと…それじゃ、美味しい朝食作っておくからね…」

「はい、ありがとうございます!!」

僕は元気一杯に挨拶をすると、意気揚々とトイレに向かって走っていった…

 

(期待されているんだ…僕は追島さんに期待してもらってるんだ…)

単純な僕は、お慶さんの言葉で、お尻の痛みなどすっかり忘れていた、そしてぐっと拳を握りしめると

「よーし、やってやるぞーー!、僕は追島さんの期待に絶対に答えて、いつの日か親父さんから黄金の茶碗をもらってやるんだーー!!」

気合いっぱいに、トイレのドアに手をかけた…

ガチャガチャ…

「あっ、あれ?…開かない…」

と、同時にトイレの中から、ジャーッと勢いよく水の流れる音が響いて、やがて中からスウェット姿の親父さんが姿を現した…

 

「あっ、親父さん、おはようございまーす!!」

「おう、吉宗か、おはようさん…」

親父さんはごそごそとスウェットのズボンをズリあげながら、こわもての顔で僕を見た…僕はそんな親父さんの様子に一瞬顔を曇らせると、恐る恐るトイレのドアを指さした…

「あっ、あの…親父さん…今のもしかして、大の方ですか?…」

「んっ?…おう、大だぞ…」

「ほっ、本当に大だったんですか?…」

「おうっ!…たんまりと出たぞーー!」

「うぇーーー!!」

僕は思わず顔をゆがませた、

「何だ?どうした…しょっぱいツラして?…」

「あっ、いや、何でもないです…」

「そうか、まあ、頑張れや、若人よ!」

「はいっ!!」

親父さんは嬉しそうに振り返ると

「今日も快便、快便…、いい朝だー、がはははははーーーー!」

得意の豪快な笑い声と共に、その場から遠ざかって行った…

 

「かっ、快便って…それじゃ…」

僕は、恐る恐るトイレのドアを開いた…

ムオワァ~~~~!!

同時に中から、この世の物とは思えない、それはすさまじい香りが、襲いかかってきた…

「ぶおわーーー!なっ、何という…」

そのすさまじい香りに、僕は一瞬気を失いかけた…、しかし、その時、お慶さんの言葉が脳裏に…

 

(君に対して、すごーく期待してる見たいだから…)

 

「そっ、そうだ…僕は期待されてるんだ…」

そう言いうと、僕は決死の覚悟で、すさまじい香りが立ち込めるのトイレの中に向かって入って行った…

 

「ぶわーー、臭い…すんごく臭い…でも、僕は期待されてるんだ…期待されてるから、臭くないんだー、…でもすんごく臭い!!…いや、臭くなんかないぞー!!」

訳の解らない言葉を発しながら、ゴシゴシとトイレを磨き続けていた…そんな僕の耳に、ワンワン…、外から大きな犬の鳴き声が聞こえてきた…

「何だ、与太郎のやつ……、そうだ、あいつめ…」

僕は川原での、悲惨な引きずり回し事件を思い出した

(もう少しでめぐみちゃんと、愛のチュウが出来たのに、あいつめ邪魔しやがってー!)

僕はムッとした顔で、トイレの小窓から顔を出すと、

「うるさいぞ、与太郎!!」

昨日の恨みをこめて、叫んだ…、

「ワン、ワン、ワン、ワン…」

与太郎はそんな僕などお構い無しに、なぜか隣の家の二階に向かって、うれしそうに吼え続けていた…

「何だあいつ、めぐみちゃんの家の方を見て…」

そう言いながら、与太郎の目線の先、お隣の二階のバルコニーに目をうつし、思わずハッと幸せの笑みを浮かべた…

そこには、愛しのめぐみちゃんが、制服姿で立っていたのだった…

 

「あっ…おはよう、吉宗くん…」

めぐみちゃんは、トイレの小窓から顔を出した僕に気がつくと、うれしそうに手を振ってきた…

「めぐみちゃん…おっ、おはよう…」

僕はデレーっと鼻の下を伸ばしながら、笑顔で手を振りかえした…

 

「吉宗君、大丈夫だった、昨日の怪我?…」

「あっ、うん、大丈夫、大丈夫…、僕は、丈夫だけが取り柄だからね…はははは…」

「良かったー…」

めぐみちゃんは、嬉しそうに微笑んだあと、ハッと恥ずかしそうに、横を向いた…

「吉宗君…そこって、トイレの中じゃないの?…やだ、ごめん…」

「えっ!?…」

「だって、トイレ中でしょ…」

「いや、違う違う…今、掃除中だから…」

「何だ、びっくりした…」

めぐみちゃんは照れくさそうに小さく舌を出した…

(かっ、可愛い…、やっぱりめぐみちゃんは、世界ナンバーワン、可愛いよー!…、ああ、こんな可愛い子と相思相愛になれるなんて、なんて幸せ者なんだろう…)

僕はトイレの窓から、めぐみちゃんの素敵な笑顔を見て、幸せ一杯の気持ちに浸っていた…

と、その時だった…

  

パタパタパタパタパタパタパタパタ…

 

何処からともなく、不思議な物音が響いてきた…

パタパタパタパタパタパタパタパタパタ…

やがてその音は、めぐみちゃんがいるバルコニーの下まで近づいてくると、パタパタ音と同時に大きながなり声を響かせた… 

「おーい、めぐみー!…、わしの新しい育毛剤、知らんかー?先週買って来たやつ…」

声の主…それは、育毛ブラシで禿げた頭を小気味よく打ち鳴らしている、めぐみちゃんのお父さん、閻魔のハゲ虎だった…

「おーい、ワシの育毛剤…?」

ハゲ虎こと閻魔の虎三は、バルコニーのめぐみちゃんの様子にハッと表情を変えると、あわてて垣根越しに僕の方に振り向いた…

 

「うおっ、お前は!?…」

パタパタパタパタパタパタパタパタ…

「あっ、ハゲ虎!!…じゃなかった、めぐみちゃんのお父さん…おっ、おはようございます…」

僕はトイレの小窓から作り笑いを浮かべた…ハゲ虎は、育毛ブラシで頭をパタパタと叩きながら、顔を真っ赤にさせると…

「何がおはようだ、この小僧が!!…お前のお陰で、めぐみがどんな危ない目にあったと思ってるんだ…」

「すっ、すいません…」

「すいませんで済んだら、警察はいらん、このバカタレが!!」

「ちょっと、パパ…、吉宗君に何てこと言うのよ!…吉宗君は私の危機を助けてくれたのよ…命がけで闘ってくれたのよ!!…」

めぐみちゃんはバルコニーから体を乗り出し、必死に僕をかばってくれた… 

「何を言うとるんだー、その危ない思いも、元を正せばこの男が原因だろうが!!」

「だから、何度も説明したでしょ!…そうじゃないって!!…」

「馬鹿者が、お前は何も解っておらんのだ!!…いいか、この男とは、金輪際話す事も、目をあわすことも許さん!ぜーーーーったいに許さん!!」

ハゲ虎はトイレから顔を出した僕を指差しながら叫んだ…

「そんなこと、私は絶対に聞きませんよー!私と吉宗君は運命の糸で結ばれてるんだから!!ねっ、そうでしょ吉宗君…」

めぐみちゃんはバルコニーから体を乗り出し、僕を見た…僕は彼女のその言葉に思わず顔をポッと赤く染めながら…

「うん…」

幸せそうにうなずいた…

「何がうん…だコラ、嬉しそうに笑いやがって!!…ワシは許さんぞー、ぜーッ体に許さんからなー!!」

「うぐ…」

ハゲ虎に睨まれ、僕は幸せの赤い顔から、恐怖の青ざめた顔へとかわった…

「パパが許さなくたって、私は吉宗君とぜったいに離れないから!…私の大切な人なんだから…」

(たっ、大切な人!…)

僕の顔は再びポッと赤くなった…しかし垣根越しにまるで閻魔大王のように睨んでいるハゲ虎の視線に気づくと、再びぞっと青ざめた…

そうなのだ…、愛するめぐみちゃんには、この警視庁捜査四課、閻魔のハゲ虎という恐ろしい父親が…

僕は愛するめぐみちゃんと、恐怖のハゲ虎との間で、トイレから突き出した顔を、上を見ては赤く、下を見ては青く…、赤、青、赤、青、まるで壊れた信号機のように点滅させつづけていたのだった…

  

 

僕が、そんな壊れた信号機状態になっていたころ…

『高幡不動~、高幡不動~』

お不動さんの駅のホームに一人の男が降り立った…

真っ白いスーツに、白い帽子…そして黒いコートを袖を通さずにはおり、目には大きなサングラス…、その姿はまるで、大昔のギャング映画に出てくるような奇妙ないでたちだった…

男は颯爽と駅の階段を降りると、自動改札を通過して、駅の賑わいを見渡し

「懐かしい、我が故郷…、ついに、帰って来たぜ…娑婆から離れて、いく年月…、俺はお前に会える日をどれだけ待ち望んだ事か…」

そう言いながら、胸ポケットから一枚の写真を取り出した、

「やっと、再会できるんだぜ…」

男は手にした写真にそっと目を落とし、うっすらと笑みをうかべた…

そこにはスーツ姿のその男と、嬉しそうに腕を組んで微笑んでいる、めぐみちゃんの姿が写っていたのだった…

続き
第102話 武州多摩のミヤマクワガタへ…

イラストカットは近日アップします…

Megulank_2
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